第四章  夕食会

 白い布を掛けた長いテーブルは上品にお膳立てされていた。真ん中に大きな銀製の塩入れが置かれ、めいめいの席の前には折りたたんだナプキン、銀の大皿、ナイフ、スプーン、それにマンチット--最上等の小麦粉で作った白パンで、肉汁をぬぐいとって食べる--の大きな塊が置いてあった。部屋の向こうの端のサイドボードにはもっと多くの銀器や大型ぶどう酒びんが見事に並べられていた。彼の父と母、そして主賓のために椅子が三脚用意されていた。秘書とニコラスは腰掛けに座ることになるが、それぞれの腰掛けには母の手に成る刺繍をしたビロードの座ぶとんが置かれていた。それはとても豪華であったので、彼は突然誇らしさがこみあげてくるのを感じた。あのロンバルディア人たちはイタリアの領主であることを鼻にかけているが、ステイプルの商人も偉大であるのが分かるだろう。

 食料品室で彼は晴れ着の上にエプロンをつけ、あひると雄鶏の関節を切り離す厄介な仕事にとりかかった。食料品係のバーナードはのみこみの遅い田舎者で、フェタロック夫人は面白がって彼を「執事」と呼んでいたが、ニコラスが鳥の関節を大きなシロメの皿の上に並べ、串で再びそれらを胴に固定して鳥の形に戻すのを手伝った。ニコラスとしては父の家来のディコンに手伝ってもらいたかった。ディコンは小柄で陽気なロンドン子で、親方と一緒にどこへでも行く半ば書記、半ば従者であった。しかしフェタロック夫人はディコンのことをよく言わず、表に出さなかった。しかし今夜はニコラスが大胆に彼にぶどう酒の係を命じていた。ディコンはぶどう酒をこぼしたりしないだろう。母は嬉しくないかも知れないが、結局僕が肉を切り分けることになったからには、自分なりに物事を手配する権利がある筈だと、ニコラスは手についた脂を拭きながら考えた。

 彼がエプロンをはずしていた時、廊下で人の声がして、お客が近づきつつあるのが分かった。彼は銀製の水差しと水鉢を取り、片方の腕にナプキンを掛けると、彼らが大広間に入って来る直前にぱっとテーブルの傍に立った。
 皆が自分の席につくと、彼の父は食前の短いラテン語のお祈りをした--彼はこのようなことには厳格であった。それからニコラスはお客から順番に水ばちを持って回った。

 アントニオ氏は辺りを見回して、素晴らしい部屋ですねと丁重に言った。小さな町でこんな立派な細工ものを見ることはめったにない、と。しかしこの辺りは品質のよい石材の産出地であったし、煙突の細工は確かに地元の石工が彫ったものであった。彼は床から天井まで鏡板をはめ込んだ壁のオークの板張りをじっと見つめた。折りたたんだ亜麻布に似たあの模様は田舎の建具屋の腕では無理だろう。ロンドンかオックスフォードの熟練した職人の細工のようだった。

 ニコラスは自分の役目から注意を逸らし、ロンバルディア人の視線を追った。この部屋が素晴らしいとは考えたこともなかった。ほそ長い部屋で、正面に出窓があり、多くの小さな窓ガラスが嵌めてあった。お客が大層ほめた羽目板は淡い蜂蜜色をしていて、沈みかけた太陽の光線が当たって暖かい反射光を放っていた。石造りの暖炉の両側には立派なアラス織のタペストリーが壁に掛けてあった。彼の父が大陸に旅をした時、鞍の背に革ひもでしばって持ち帰ったものだ。

 「これ、ニコラス」とフェタロック夫人が小さな声で言った。彼が長いことじっと見ていたからだ。耳に鋭い叱責をうけて現実に引き戻されたニコラスは水差しと鉢を置くと、あわてて他の仕事をしに行った。

 食料品室ではバーナードとディコンが肉を持って行こうと待っていた。ニコラスは行列の先頭に立って運ぶことになっている雄鶏を載せた皿を持ち上げた。それはとても重かったので、威厳をもって運ぶのが精一杯だった。それを箱の上に置き、ナイフを取った時にはほっとした。彼は母から左手で関節を握り、右手でナイフを使うように教わっていた。右手で肉に触るのは最も悪い作法だと。準備をしていたおかげで、あひると雄鶏は何もめんどうなことはなかったが、雄豚の頭とコッツウォルドの羊の脚とパイは全部薄く切り取り、香辛料を加えたこってりしたソースを木皿から溢れるほどたっぷりかけなければならなかった。そしてそれらをバーナードとディコンがテーブルへ運んだ。

 皆の食事を出し終わり、彼が自分の皿を取って決められた席に行けるようになった時には疲れ果て、食欲も無くなっていた。彼は台所にも行ってみたが、かまどから吹き出す火の熱に息ができなくなり、急いで逃げ出して来ていた。料理人のピーターや二人のお手伝いの女や皿洗いの少年がどうやってそれに耐えているのか不思議だった。台所の屋根の空気穴から蒸気や臭いや煙が少しは出ていったが、そこから空気が入って来ることはなかった。それでも彼が入口から中をのぞいた時、彼らはせわしく動き回ったり、串に刺した鳥をあぶりながら、腕を伸ばして長い柄のついたスプーンで熱い脂をつけたりして皆とても生き生きして見えた。皿洗いの少年は実は得をしていた。というのは、いつでも串を回す仕事から解放されると、後で汚れたつぼや鍋を砂や乾いたシダでごしごし洗えるように、犬にきれいになめさせるため裏口へ持って行った時、少なくとも新鮮な空気を一息吸うことができたからだ。

 ニコラスは自分の料理を持って腰掛けに座り、ナイフで雄鶏の脚をつついた。指で脂っこい肉に触るのは気が進まなかった。ディコンが足付きグラスにフランス産のぶどう酒を注いでくれた--彼のおごりだ。というのは、ニコラスはいつもはエールしか許されていなかったからである。彼は強烈な混ぜ物のない酒を一気にぐいと飲み込んだので、むせんで涙が出てきた。しかしそのおかげで前より気分が良くなった。

 テーブルの中央では二人のロンバルディア人の間に座って、父が少々疲れた様子で椅子の高い背にもたれてアントニオ氏の話を聞いていた。彼は指輪をはめた手を大層優雅に動かしながら、フェタロック夫人にイタリアの画家たちの驚くべき作品について講義をしているところだった。一方、ヒキガエルはたるんだ唇を固く結んで黙ったまま、鑑定するような目で部屋の中をじろじろ見回していた--まるで縁日にすべての商品に値をつける商人のようだ、とふとニコラスは思った。その時ジャイルズがロンバルディア人について言ったことがふいに全部思い出され、何か変だぞという不安に襲われた。しかしバーナードがカスタードと桃色のゼリーをのせた皿とそのための銀のスプーンを目の前に置いた時に不安な気持ちは消え去った。彼は味見をした。ウーン! おいしい。彼は嬉しくなって再び身を入れて食べ始めた。

 ゼリーを食べ終えたとたん、外の玉石の上で馬の蹄の音がするのが聞こえた。母もその音を聞いていた。彼女はざらざらした窓ガラス越しに目をこらし、玄関まで馬でのりつけた者が一体誰なのか知ろうとした。母の顔色が変わった。椅子から立ち上がりかけて、また腰を下ろした。それから何事かバーナードにささやき、入口へ急いで行かせた。
 しかし彼が入口に達する前に、ドアが荒々しく開いて、男が仰々しく大またで広間に入って来た。

 血色のよい顔をした背の高い男であった。彼はテーブルについた者たちを見てちょっと立ち止まると、帽子を引っ張ってぬぎ、乗馬用のマントを後ろに放り投げ、陽気に笑みを浮かべて上品に深々とお辞儀をした。
 「これは驚いた」と彼は大声で言った。「どうやら宴会に押しかけたようですね。私の姉でもある奥方よ、幾重にもお許し願います。兄上様、ご無礼致しました」

  ニコラスはさっと立ち上がった。この人は母の弟のジョン・スターンという人物で、大好きな叔父だ。ブリストルで船長をしており、船乗りらしいユーモアの持ち主で、ぞくぞくする話をたくさん知っていた。確かに本当の話もあったし、あまりとっぴなものは船乗りのほら話にすぎないだろうが、それでもひょっとしたら本当の話かも知れないというわくわくするような可能性を持っていた。

 フェタロック夫人は上流婦人が親戚の者に当然示すほどの熱意をもって弟を迎えたが、それ以上の熱意は示さなかった。ニコラスは母が立腹しており、スターン船長が別の時に来てくれたらよかったのにと思っているのがすぐ分かった。一方、父は心から喜んでいた。もう一つの席が用意され、バーナードがマントと帽子を片づけた。そしてニコラスは母に促されて、銀製の水差しと鉢を持って叔父のそばに行った。

 ジョン・スターンは一方のせわしく動く眉を斜めに上げて、訝しげに彼を見た。
 「これは何だね?」と彼は尋ねた。「私に子犬のようにぴちゃぴちゃなめろと言うのかい? それとも手を洗えとでも? おやまあ、雄鶏とパイにかけて言うが、それでは私の役にはたたんよ。どうしても洗って欲しいのなら、井戸まで案内しておくれ」

 ニコラスは喜んで連れて行くと、そばに立って叔父が投げてよこすダブレットを受け取り、彼がモップのような白髪まじりの堅い髪に水をバチャバチャかけて、頭や手を洗うの見ていた。

 彼はきめの粗い台所用タオルで頭を拭きながら、ブリストルからロンドンへ馬で行くところだと説明した。彼には国王の官吏に持ち出す重要な問題があったのだ。そして甥のもの問いたげな目に気づいてにやっとした。いや、違う! また海賊行為をしたわけじゃない。今度は私の方が国王の官吏を追いかけていて、国王の官吏に追われているのではないぞ。しかし広間のお歴々には言うなよ、と付け加えた。もしニコラスがいい子でいて、当分の間黙っていたら、後で詳しく話してやろうと言った。しかし今は食事だ。彼は狩人のように非常に空腹であった。

 二人がテーブルに戻った時には最初のコースが終わっていて、改めて二番目の料理が出されるところであった。ニコラスがすることになっていた二回の食事の合間に手洗い用の鉢を渡す仕事はディコンがしてくれていた。それぞれのコースは肉、家禽、魚、練粉菓子、砂糖菓子から成り、それ自体完全な食事であったので、ニコラスはどうして裕福な人々が二つのコースを、時には三つのコースさえも食べるのか全く理解できなかった。また最初の料理から始めるのは正餐をもう一度食べるようなものだ。愚かなことに思われた。何故最初のコースで食べたいだけ食べないのだろう。ジャイルズやメグのような貧しい人々は一つのコースしか食べなかったし、それも一品だけのことが多かった。

 しかし、今回はそれが役に立った。ジョン・スターンは姉の隣に置かれた自分の席につくと、二番目のコースを二人分平らげて、食べそこなった最初の食事の埋め合わせをした。彼はがつがつ食べた。料理を口の中に詰め込み、肉汁を指につけて音をたてて吸い、フェタロック夫人をひどくうろたえさせた。彼女は客人の注意を逸らそうと快活に、しかし落ち着かなげにぺちゃくちゃしゃべった。ニコラスは母が気の毒になった。テーブルマナーをとても重んじ、ニコラスに肉は指で引き裂かないで、切るように、食卓では歯をほじったり、骨を床に投げたりしないように、といつもしつこく言っていたのだから。

 ジョン・スターンは一家の厄介者と見なされていた。もっとも、最近はブリストルの港を本拠とする一団の立派な商船の共有者となっており、ダブリンやフランスやスペインと貿易していた。しかし昔はダートマスのキャサリン号という小さな私掠船を操り、それでイギリス海峡を行ったり来たりして、羊毛や革や布地を外国の港へ運んだり、塩やぶどう酒や絹を積んで帰ったりしていた。そしてキャサリン号は武装していた。当時は騒然とした時代であったので、どの船長も武器を搭載することが許されており、彼と乗組員たちは他の私掠船と同様、敵国の船を見たらいつも攻撃しようと意気込んだ。もし敵の船が戦利品として奪えるような船荷を積んでいたなら、なおさら良かった。分捕り品があると思うだけで乗組員たちは心が奮い立った。そしてたとえ強奪品が合法的なものでは決してないとしても、それがどうしたと言うのか。もしあるフランス人の商品を盗んだならば、彼の同国人が機会をとらえ次第返礼するだろう。

 この問題に係わりあったすべての国の統治者はだんだん腹立ちをつのらせ、海賊行為を止めさせようとした。そして国王の船が海上を巡視した。しかし海賊船は余りにも多かったし、高価な戦利品の誘惑から、襲撃者たちはずる賢く大胆になった。最も善良な連中は敵の船だけを襲ったが、他の連中は敵も味方もお構いなく、とても残忍かつ獰猛に略奪したので、真面目な人々は「私掠船」と聞いただけでさげすんだ。そんなわけでフェタロック夫人は弟がキャサリン号を売って、豊かで立派な貿易港のブリストルに落ち着いた時には大いに安堵したものだった。

 ニコラスにはジョン叔父さんが料理とぶどう酒で暖まり、自分の一番気に入っている話を始めた時、母が喜んでいないのが分かった。新しく、ぞくぞくする話もあったが、他の話はこれまで何度も聞かされた古くからのおはこであった。例えば、小さな船で本当にスペイン海岸を襲撃し、フィニステレ岬にあった巨大なキリストの十字架像を記念品としてさらってきた海賊、プールのハリィ・ペイの話がそうだ。

 ロンバルディア人たちは黙って聞いていた。そしてパーティーの主人役は彼らの顔の表情に気づき、会話をもっと無難な方向へ向けようとした。絹や宝石や貴重な香辛料を積んで、ジェノバやヴェニスからイングランドやフランドルの港へ出航するイタリアのガレー船が、徘徊する海賊たちに特に目をつけられていることは誰もが知っていた。アントニオ氏は相変わらず穏和で落ち着いていたが、秘書の顔は怒りで真っ赤になった。

 彼は長いテーブルの反対側から身を乗り出してジョン・スターンに話かけた。
 「船長はワイト島をよくご存じですか」と訊いたが、はっきりした声でゆっくりとしゃべったので、何気ない質問がとても重要そうに聞こえた。

 ジョン・スターンは面食らったようだった。
 「行ったことはある」と彼は曖昧に答えた。「それも何年も前のことだ。良い避難所があり、その島の飲み水は私が出会ったどの水よりも航海中に長もちするからね」

 ヒキガエルは執拗であった。
 「あなたのような職業の方ならニューポートの港はもちろんご存じですね。」ニコラスにさえこれらの質問が表面に見える以上の意味を持っていることは明らかだった。 ジョン・スターンは肩をいからせた。「おやおや」幾らかとげとげしい口調で答えた。「偶然にせよ、ニューポートの港は確かに知っている。この国のすべての港を知るのは私の仕事でね。あんた方がすべての町の市場に横行するのと同じようなものだ」

 不作法な返事であった。不作法と言うより、侮辱であった。どうして叔父はあんなに無礼な返答をするのだろうとニコラスは思った。その時アントニオ氏のガウンが開いて、手が腰帯にさした短剣の宝石をちりばめた柄にそっと伸びるのが見えた。ヒキガエルがぱっと立ち上がったが、その指はテーブルナイフをしっかり握っていた。しかしフェタロック親方が割って入り、ロンバルディア人たちのコップにぶどう酒を注いで話題を変えた。そして、最も興味をそそられた冒険家は未知の海を探検したあの勇敢な船長たちだと父は断言した。例えば、最近アフリカの海岸に沿って南へ航海し、本当にあらしの岬を回って再び北へ向かうことに成功したポルトガル人のバルトロメオ・ディアスのような男たちだ。ポルトガルの国王はあらしの岬を改名し、希望峰と名づけたそうですが、アントニオ氏はそれが本当かどうかご存知ですか、と父は尋ねた。

 ロンバルディア人は落ち着きを取り戻すと、腰帯から手を離し、代わりに足付きグラスを持ち上げた。彼もけんかを避けたがっているのは明らかだった。というのは、ポルトガル人ディアスの話からヒントを得て、偉大なヴェネツィア人マルコ・ポーロ氏の偉業について話しだしたからだ。この人はほぼ二世紀前に徐州や北京といった素晴らしい都市のある有名なフビライハンの国、中国に到達し、通商路を切り開いた人物で、その路は以来アントニオ氏の大好きなフィレンツェの国の商人たちに利用されていると言う。

 危機は去った。フェタロック夫人はますます不安そうに見えたが、ニコラスを手招きして呼ぶと、彼女のリュートを持ってくるように小声で言った。彼はしぶしぶ従った。次に何が始まるか分かっていたからだ。母は自分の伴奏に合わせて歌うように彼に命じるつもりだ。彼は人前で歌うのが大嫌いだった。しかしどうしようもなかった。それで彼は牧師のリチャード先生から教わった通り、ラテン語をきちんと注意して発音しながら「ようこそ、海の星」を一所懸命歌った。アントニオ氏はいつもの優しい微笑みをかすかに浮かべてじっと見ていたが、歌が終わると彼をほめた。それから二人のイタリア人は彼の母に是非歌ってくれるようにと頼んだ。フェタロック夫人は恥かしそうに同意し、「栗色の乙女」というとても長い英語のバラッドを歌った。それを聞いてアントニオ氏はうっとりしましたと言った。危機は乗り越えられ、みんな再び仲良くなった。こうして宴会は終わり、ニコラスはもう一度水差しと鉢を持って回った--どの指も食べ物でべとべとしていたので、それはどうしても欠かせなかった。それからフェタロック夫人はリュートと座ぶとんとナプキンを持ったニコラスを従え、いとも厳粛に自分の私室へ引き下がって行った。

 いったん聞こえない所まで来た時、この苦心して作り上げた行列は不意に終わった。彼女はスカートを折り返すと、召使たちが料理の残りをどうしているか見るために、台所へ向かった。
 ニコラスは彼女にベッドへ追いやられた。

Chapter 5
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